• めじろの写真を見て思い出したこと

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    3月 12

    先日、新聞に梅の木にとまっためじろの写真が載っていた。
    私は大きい鳥は苦手だが、手の平にのる大きさの小鳥は子どもの頃から大好きだ。

    何年か前、自宅のベランダ前の植え込みにめじろが止まっていた。
    その年に生まれたらしい、まだぷくっとした感じのかわいいめじろだった。
    小鳥はひなの間、口が大きく開くように、くちばしの脇にだいぶ余裕がある。
    私がベランダに出ても、きょとんとした顔をしていた。
    あまりにかわいくて、手の平にのせて、写メをとりたいくらいだった。
    遠くから鳥の鳴き声がし、小さなめじろはパタパタッと飛んで行った。

    私は小学生の頃、文鳥を飼っていた。
    とにかくかわいい、という思い出しかない。

    ひなから飼い始め、ひな用の餌を食べさせる。
    食欲のないひなには、時々空腹具合を見て、口を開けさせて食べさせる。
    だんだんと羽根がしっかりしてきて、飛ぶ練習を始める。
    飛ぶ直前までぎゅうっと私の指につかまる。
    痛いくらいの力と、ぷるぷるとしている緊張感が伝わる。
    ギュッと力が込められた、次の瞬間ふっと飛ぶ。
    羽音と、羽根の動きのぶれて見える飛翔は、今でも記憶に残っている。
    大人になって、本当にうまくいかない、と痛感することがある。
    その一方で、もう駄目だ、と落ち込んだあとに、ふっとうまくいく経験もある。
    そのふっとうまくいった記憶は、私の指から飛翔した鳥の姿に重なる。

    今でも、私は小さな鳥が好きで、
    動物園のふれあいコーナーでは、ひよこのおなかからそっとすくいあげて手の平にのせたり、
    ペットショップでは、小鳥のコーナーを見る。
    小さな鳥にも性格があり、本当にかわいい。
    嬉しい時、怒った時も分かりやすい。
    ダンスもするし、指にかみつくと、くっきりとクチバシの跡がつく。

    昔、うちにやってきてくれた文鳥は、
    私のところへきてヨカッタと思ってくれているのかな。
    私は、本当に大事にできたかな。時々そんなことを思う。
    今でも、気持ち良さげに鳴く伸びのある声や、
    羽根の滑らかさや、なんとも言えないにおいを覚えている。